平成16年1月1日に遡って適用する合理性・必要性を肯定
損益通算廃止の不利益遡及第3弾、千葉地裁は合憲・適法
福岡地裁では違憲無効、東京地裁では合憲適法との判断が示されていた平成16年度税制改正における、土地・建物の譲渡損の損益通算等の廃止を、改正法の施行に遡る平成16年1月1日以後の譲渡に適用した通知処分について、千葉地裁(堀内明裁判長)は、「本件改正附則は憲法84条には違反しない。」などと判示して、損益通算すべきとの更正の請求を斥けた通知処分を適法とする判決を言い渡した。
事案の概要
本件は、原告が、平成16年4月1日に施行された改正後の租税特別措置法31条1項後段の規定(それまで認められていた土地建物等の譲渡損失を他の所得の金額から控除することを廃止する旨の規定)を同年1月1日以後に行う土地建物等の譲渡について適用する旨の平成16年度税制改正法附則27条1項が遡及立法に当たり、憲法84条に違反すると主張して、税務署長が同附則を原告が平成16年1月30日にした長期譲渡所得税対象土地の譲渡に適用して、その譲渡による損失の損益通算を認めず、原告の平成16年分所得税の更正請求に対し更正すべき理由がない旨の通知処分をしたのは違法であるとして、その取消しを求めている事案である。
同旨の争点の事案に対し、福岡地裁は1月29日、「租税法規不遡及の原則(憲法84条)に違反し、違憲無効というべきである。」として、納税者の請求を認容し、東京地裁は2月14日、「本件改正附則27条1項が租税法律主義に反するということはできない。」として、納税者の請求を棄却した。
本件の争点
改正措置法附則第27条1項が憲法84条に違反するかどうかが争点となった。
原告の主張
憲法84条が定める租税法律主義は、納税者の法的安定を図り、将来の予測可能性を与えることを目的にしているから、本件のような期間税である所得税についても、年度途中で年度の初めに遡って適用される租税改正立法については、年度開始前に納税者が一般的にしかも十分予測できる場合に限って許され、そうでない限り、納税者の信頼を裏切る遡及立法として、憲法84条に違反する。
しかるに、本件改正附則は、年度途中に施行された改正措置法を年度開始時に遡って適用することを定めるものでありながら、年度開始前にほとんど一般に周知されておらず、仮に納税者が年度開始前に知り得たとしても、その期間は7日程度の短期間にとどまるのであるから、納税者に予測可能性があったとはいえない。その上、改正措置法が定める遡及適用を含む損益通算禁止は、正確な資料に基づかず、しかも財政上の必要性のないものであるから、本件改正附則は憲法84条に違反する。
裁判所の判断
(1)本件改正附則は遡及立法か?
所得税は期間税であり、対象となる譲渡所得の計算も、個々の譲渡の段階において適用されるものでもなく、1暦年を単位とした期間で把握されるものである。所得税の納税義務が成立する以前に行われた本件譲渡に改正措置法を適用する旨を定めた本件改正附則は、厳密にいえば、遡及立法に該当しない。
本件のように厳密には租税法規の遡及適用であるとはいえないような場合は、立法裁量の逸脱・濫用の有無を総合的に見地から判断する中で、当該立法によって被る納税者の不利益を斟酌するのが相当である。
(2)本件改正附則は立法裁量を逸脱・濫用したものか?
本件改正附則を設けたのも、措置法の改正において、損益通算の廃止は長期譲渡所得税率の引下げと一体の措置として実施することを予定していたところ、仮に損益通算の廃止のみの施行時期を遅らせれば、駆け込み目的の安売りによる資産デフレの助長が懸念されたことから、改正措置法31条の規定を平成16年分の所得の課税開始時以後に行う土地等の譲渡について適用する必要性が高かったことによる。本件改正附則を含む改正措置法の立法目的は正当なものである。
土地建物等の長期譲渡所得について損益通算の制度を廃止することは、同所得に分離課税方式が採られていたこととの整合性を図り、かつ、損益通算がされることによる不均衡を解消して適正な租税負担の要請に応えるものとして、合理性があるということができる。
所得税のような期間税の場合、年度が開始した後は年度開始時に遡って租税法規が納税者に不利益に変更される可能性が立法の必要性如何によってはあり得ることを納税者としても全く予測できないとはいえないと考えられる。
本件改正附則の立法目的は、土地取引の活性化と株式取引等との不均衡是正の見地から、従来認められていた合理的とはいえない損益通算の制度の廃止等と長期譲渡所得税率引下げをパッケージとして、できるだけ早期に実施する必要があったことに加えて、これらの実施を翌年度まで遅らせれば、その間に節税を狙いにした不当な低価による土地取引が横行しかねず、これが資産デフレをもたらすとの懸念によるものであり、単なる懸念にとどまらず現実性を帯びていたものである。本件改正附則のとおり、損益通算を廃止する等を内容とする改正措置法を成立・施行前の平成16年1月1日に遡って適用する合理性・必要性を肯定することができる。そして、その公益性と原告等の納税者にもたらされる不利益とを比較した場合、明らかに納税者の不利益が上回るということはいえず、少なくとも、本件改正附則の内容が立法目的に照らして著しく不合理であるということはできない。
したがって、本件改正附則は憲法84条には違反しないから、その違反をいう原告の主張は理由がなく採用することはできない。
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(週刊「T&A master」261号(2008.6.9「今週のニュース」より転載)
(分類:税務 2008.7.23 ビジネスメールUP!
1151号より
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