武富士事件に続き、贈与税事案で国側敗訴
相続税対策の海外信託スキーム、祖父から孫への贈与に該当?
海外信託を用いた相続税対策のスキームを巡る贈与税決定処分の取消請求事件で、国側が敗訴する判決が3月24日、名古屋地裁(増田稔裁判長)であった(平成20年(行ウ)114号)。本事案は、原告の祖父が、米国の州法に準拠して米国籍のみを有する原告を受益者とする信託を設定したことが、祖父から孫への贈与に当たるとみなされたもの。裁判では、原告の生活の本拠や信託財産の所在地なども争点とされたが、名古屋地裁は、原告は、信託設定時に利益を現に有する地位にあるとはいえず、平成19年法律第6号による改正前の相続税法4条1項(改正後は同法9条の2@)にいう「受益者」には当たらないと判断。「受益者」に当たることを前提とした課税処分は、その余の点を判断するまでもなく違法であると結論付けた。なお、国側は控訴している(名古屋高裁平成23年(行コ)36号)。
改正前相続税法4条1項の「受益者」に当たるかが主な争点に
本スキームは、相続税対策に関心をもっていた原告の祖父に対して、金融機関が提案したもの。金融機関のパンフレットには、米国非居住の外国人である設定者が、無体財産を信託財産として解約変更不可能型の信託を設定し、設定者の子供を被保険者とする生命保険を購入し、米国籍のみを有する米国居住の設定者の孫を受益者とする模式図、元本部分は無税で資産受取りが可能などと記載されていた。
原告を受益者、米国債500万ドルを信託財産に
原告の祖父は、信託銀行との間で、米国ニュージャージー州法に準拠し、原告の祖父を委託者、信託銀行を受託者、原告を受益者とする信託契約を締結し、信託財産として米国債500万ドルを寄託。受託者は、契約に従い原告の父を被保険者とする生命保険契約を締結し、保険料として合計440万ドルを支払っていた(図参照)。
改正前相続税法4条1項では、信託行為があった場合、委託者以外の者が受益者であるときは、信託設定時に、受益者が受益権を委託者から贈与により取得したものとみなす旨を規定。本事案では、納税者側は、信託設定時に信託の全部の利益を享受できる立場にはないことなどから、受益者には当たらないなどと主張していた。
信託による利益を現に有する地位にあるとは認められないと判断
名古屋地裁は、同法4条1項にいう「受益者」について、みなし贈与に関する各規定などから、受贈者が贈与による利益を現に有することに担税力を認めて、これに対して課税する制度であると指摘。「受益者」とは、信託行為により、その信託による利益を現に有する地位にあるものと解するのが相当であるとした。
残額の60万ドルも受益者に対し分配されず
名古屋地裁は、契約内容等から、受益者への分配が予定されている信託財産は、原告の父が死亡しまたは保険契約満期時に発生する死亡保険金であると認定。原告の祖父が寄託した米国債500万ドルのうち、一時払保険料とされなかった60万ドルについては、信託が解約不能の永久信託で、受託者報酬が信託から永久に支払われることになることなどから、今後確実に発生が見込まれる生命保険の管理費や信託報酬に充てられるものであり、受益者への分配を予定していない信託財産であると理解するのが相当であるとした。
また、受託者は、信託財産の分配に関して裁量権を有し、原告の父が死亡し保険金を受領したとしても、これを直ちに全額原告に支払う義務を負っておらず、限定的指名権者である原告の父において、原告以外の者を受益者と指名することができることから、原告が信託の受益者とされているとしても、その地位は浮動的であるとした。
原告の父の死亡または満期まで利益を得られず
名古屋地裁は、保険事故である原告の父の死亡時または保険期間満了時まで保険金を取得できず、信託設定時においては、受益者に対して分配することが可能となる資産を有していないことになることを指摘。受益者は、信託設定により直ちに信託から利益を得ることはできず、原告の父が死亡または満期が到来して初めて信託から利益を得ることが可能となること、原告は、第一次的には受益者とされているが、信託が受領した保険金を直ちに全額受領できるわけではなく、信託の裁量により分配を受け得るのみであり、しかも、限定的指名権者の指名により、原告以外の者が信託の利益の分配を受けることも可能であるとした。
以上の点から、原告は、信託設定時において、信託による利益を現に有する地位にあるとは認められず、改正前相続税法4条1項の「受益者」に当たるとは認められないと判断。「受益者」に当たることを前提とした課税処分は、その余の点を判断するまでもなく違法であると結論付けた。
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武富士事件との相違点は?
本事案では、「原告が制限納税義務者に該当するか否か(原告の生活の本拠が米国であったか否か)」も争点の1つとされていた。武富士事件の場合、元会長の長男は、約65%の日数を香港で滞在し、約26%の日数を日本国内で滞在していたことから、香港が生活の本拠であると認定。本事案の原告は、出生後信託設定までの間、米国に183日間滞在する一方、日本には72日間しか滞在していないことなどから、原告の生活の本拠は米国であると主張していた。しかし、名古屋地裁は、原告が相続税法4条1項にいう「受益者」に当たらないとしたことから、原告の生活の本拠についての判断は示されなかった。
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キーワード 「祖父」⇒34件
(週刊「T&A master」413号(2011.8.1「SCOPE」より転載)
(分類:税務 2011.10.3 ビジネスメールUP!
1595号より
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