租税回避目的の立証不十分で、控訴審も国側敗訴で確定
結審後の武富士控訴審判決も援用されず
東京高裁第7民事部(大谷禎男裁判長)は2月28日、国内居住者であると認定して行われた所得税に係る決定処分等の取消しを求めて争われていた事案について、「当裁判所も、被控訴人が本件株式の譲渡時に国内に住所を有していたと認めることはできず、かつ、国内に引き続いて1年以上居所を有していたとも認められない。」などと判示し、決定処分等を取り消した原審の判断を支持・認容する判決を言い渡した。
本件の口頭弁論終結(平成19年12月20日)後に、住所の所在が争点となった武富士事件の控訴審判決があり、「租税回避目的で滞在日数を調整していることからすると、滞在日数の多寡を住所の判断の主要な考慮要素とするのは相当ではない」などと判示されていたが、本件では課税回避の目的を認定せず、シンガポールに転出後の住所を否定しなかった。
事案の概要
本件は、処分行政庁が、平成13年分の所得税に係る確定申告書を提出しなかった被控訴人に対し、同年中に株式を譲渡した譲渡所得があるとして、同年分の所得税に係る決定処分等をしたところ、被控訴人は上記株式の譲渡時には国内に住所を有していなかったので納税義務を負う居住者ではないと主張する被控訴人が、控訴人に対し、本件決定処分等の取消しを求める事案である。
原審は、上記株式の譲渡期日当時において被控訴人が国内に住所を有していたと認めることはできず、同期日当時に被控訴人が国内に住所を有していたことを前提としてされた本件決定処分等はその前提が認められないから違法であるとして、被控訴人の請求を認容した。そこで、控訴人は、これを不服として控訴し、被控訴人が上記株式の譲渡時に国内に住所を有していたとの原審以来の主張をするとともに、仮に被控訴人が住所を有していなかったとしても、国内に引き続いて1年以上居所を有していたとの予備的主張を追加して、いずれにしても本件決定処分等は適法であると主張した。
結審後に武富士事件控訴審判決
本件では、本件譲渡期日当時、被控訴人が国内に住所を有していたか(あるいは、予備的主張として、国内に引き続いて1年以上居所を有していたか)が争点となっていた。控訴人(国)は、「関係各証拠からすれば、被控訴人が、本件株式譲渡所得についての課税を免れるべく、ことさらに住所をシンガポールへ移転させたかのような外形を整えようとした事実が優に認められるところ、このような租税回避の意図が存する場合には、被控訴人の住所を判定するに当たり、納税者の作為が反映するような滞在期間の長短や滞在形態を重視する必要はなく、被控訴人の主観的な居住意思をより重要な要素として考慮する必要がある。」などと主張し、このような主張に沿った判断が示された武富士事件控訴審判決が本件結審後に言い渡されたため、その旨の上申書を提出した。
これに対し、被控訴人は、シンガポールへ転居して活路を求めなければならなかった経緯を説明したうえで、「本件株式譲渡の時期がシンガポールへの転居直後になったことは、被控訴人の支配することのできない諸々の事情の重なった偶然であったことは明らかであり、本件は租税回避の事案ではない。」と反論してきた。また、武富士事件控訴審判決について、本件は租税回避事案ではないと改めて指摘するとともに、「本件は、所得税法上の居住者の定義にある「住所」の解釈について争われている事案であり、贈与税の事案である武富士事件控訴審判決の判断が直ちに本件に適用されるものではない。」と結審後の控訴人の上申に対して反論した。
東京高裁の判断
大谷裁判長は、「本件譲渡期日当時における被控訴人の住居が国内になく、むしろシンガポールにあったものと認められること、被控訴人の職業についても、シンガポールにおいて株式取引を開始した時点でその生活の本拠がシンガポールに移転したものと見ることができること、国内において生計を一にする被控訴人の家族又は親族は存在せず、かつ、被控訴人が継続して居住するに適する場所を有していなかったこと、国内に所在する資産についても、シンガポールに居住しながら管理することが困難とまではいえないと認められることなどを総合的に考慮すると、本件譲渡期日当時、被控訴人が国内に住所を有していたと認めることはできない。」と原審の判断を支持したうえで、租税回避目的については、「我が国における課税を回避するためにその住所をシンガポールに移転させたものとうかがわれる余地もあり得るが」と指摘するにとどめ、前提事実からはあえて認定せずに、「本件譲渡期日当時、被控訴人が国内に住所を有していたと認めることができない以上、被控訴人が国内に真実の住所を有していたにもかかわらず、シンガポールに住所があるように仮装、偽装したと認めることはできず、この限りにおいて、被控訴人が課税回避を目的としていたか否かによってその住所の認定が左右されるものではない。」と判示した。
また、国は、「国内に引き続いて1年以上居所を有していた。」との予備的主張を追加していたが、これに対しては、「そもそも、被控訴人が平成12年12月4日にシンガポールに出国したのは、その後、相当長期にわたって同国を生活の本拠とするためにしたものと認められるのであって、その後の被控訴人の状況に照らして、同日以降の同国への滞在をもって、一時的な出国であることが明らかであるということはできない。」と判示して、国の主張を斥け、国側の控訴を棄却する判決となった。
本件訴訟においては、「租税回避の事案であるか」「被控訴人が株式の譲渡時に国内に住所を有していたかどうか」という事実認定が争点となったこともあり、国側が上告を断念し、確定した。
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(週刊「T&A master」252号(2008.3.31「今週のニュース」より転載)
(分類:税務 2008.5.16 ビジネスメールUP!
1123号より
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